感情って自動だよ

感情って自動だよ

胸のあたりのエネルギーのグルグルは
止まることがありません

信念の解体が起こるようになって
かれこれ6年目くらいになりますが

思考や感情は自動だと感じるようになってくると
抵抗感も徐々にわかなくなってくるようです
(思考活動的には自動に対して抵抗する意味がわからなくなる)

そして、気づくのは
恐らく多くの場合(人が)
思考や感情の現れてくるところで奮闘しているのでは?
ということです

起こってくることは自動なので
そことの奮闘はしんどいです

今までのセッションでも
感情や感覚を何とかしたい
といったご相談がほとんどですが

現れてくること、起こってくること
を変えようとする奮闘はエンドレスです

よりよい思考や感情に変えようとか
よくない思考や感情を消そうとか
これらは、自動に対する抵抗です

更に現れたもの、起こってきたものへの
賛否、○☓、善悪判定の思考が
上被せで複雑なストーリーへと展開するようです

今起こっていることはあたりまえだと感じるようになってくると
上被せのあーでもないこーでもないという思考は
起こらなくなってくるようです

思考はとにかく、繊細にジャッジするので
この文章にも恐らくジャッジが働くかと思いますが
「思考が起こらなくなるのがいいことだ」とは伝えていませんからね^^

自動なのですから

いいことなのか、そうではないのか?
というのがジャッジです

「ジャッジしないようにしましょう」でもないですからね^^

自動なのですから

感覚の言語化は難しいですが
内側でなんやかんや、やりあっていたような
「対象のある(相手がいる)感覚」が薄くなっていくようです

エネルギーの摩訶不思議