2019年5月

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抵抗感はあたりまえ

今起こっていることへの抵抗感は あたりまえ エネルギー活動として あたりまえ 抵抗感はよくないと信じると 抵抗への抵抗が起こって 収縮感覚は強まるよ あれはいい これはよくない って 人間視点世界にしかないからね

希望に傷つく

希望 という言葉は よいイメージに捉えられがちだけど そのイメージの陰で 希望に傷ついていることには なかなか気づかないみたい 幸せ も、そう そんな言葉を知らない人たちは 思考の創るイキイキ感ではなく あたりまえに生を味わってるんじゃないかな

『私』が『私』であることの意味

『私』は『私』であることの意味が欲しくて 意味を感じたくて どんな『私』なのか 『私』である意味は何なのかと 意味づけを探し続けていたりするけれど 意味があるという信念が解体すると 『私』から『そうである』になる

心理的苦痛

心理的苦痛って ここにわいてくるものからすると 思考や感情として 抵抗と模索のエネルギーが起こり (生きることが辛くなるとか) 苦痛と感じる (苦しいよね) でもね 抵抗しているのでも 模索しているのでもなくて それらはエネルギー活動なんだよね

生きる価値とか意味とかって

生きる価値とか 生きる意味とかって 一体何なのだろう もう 生命活動は起こっちゃってるのに 自分には価値があるのか? 自分には生きてる意味があるのか? なんて悩む必要なんて まったくないんだからね